あすなろタロー　ただいま修行中: 高崎の釜めし

15年くらい前の母ちゃんがまだ仕事をしていた頃。
父ちゃんと母ちゃんは基本的に上海に住んでいたんだけど、業務上の理由で、母ちゃんは月に1～2度日本に帰って、2、3日日本の会社に出勤してまた上海に戻る。
そんな生活をしていた。

母ちゃんの帰国中、と言っても上海に戻る前日に急ぎの業務要請が入った。
相手は、とある省庁の下部組織で、優良顧客である親省庁からのご紹介。
今後の省庁とのお付き合いを考えたら絶対に断れない案件。
それに、年末の予算消化の時期のお役所案件はおいしい。
だけど、相手先は群馬県の高崎。
母ちゃんの会社は横浜。
他の営業マンは全員予定が詰まってて、動ける人間は母ちゃんしかいない。

翌日、母ちゃんは上海行のスーツケースを持った状態で、朝5時に家を出て高崎に向かったんだ。
途中で朝食をとっても、余裕で朝の9時には現地に着ける。
商談を終えて、前橋から午後1時頃のリムジンバスで成田に向かえば、午後6時半発の上海行の飛行機に乗れる。
余裕じゃん。

相手先とは朝9時に高崎駅で落ち合うことになっていた。
8時半には高崎駅に着いていた母ちゃんは、指定された場所で待っていた。
ところが、相手先は9時になっても現れない。
母ちゃんが相手先の会社に電話をすると、迎えの車は8時半には駅に着いているとのこと。
会社から送迎の人に電話を入れてもらったんだけど、やっぱり送迎の人は母ちゃんの前に現れない。
周りを見渡すと、きょろきょろしながら焦っているおじさんが1人。
母ちゃんから声をかけてみた。

●●の方でいらっしゃいますか？

おじさんの顔に驚愕の色が浮かぶ。
もうね、顔が「嘘でしょ？」って言ってる。
女性が来るとは思っていなかったんだろうな。
当時の母ちゃんは30代。
今とは違って超スレンダーだし、がっつりお化粧もしてる。
酒の席ではおばさんの部類に入っても、ビジネスの席上では小娘扱いの微妙なお年頃。

相手先の会社に着くと、省庁の特性上、見事なまでに皆ごっついおじさん。
けど、さすが「かかあ天下に空っ風」が名物のせいか、群馬のおじさんたちはとってもジェントル。商談もうまく進み、世間話に花も咲いて、気がつくとお昼の11時半。
昼の席を予約してあるので、是非ランチをご一緒にって誘ってくれたんだけど、母ちゃんはこれから前橋に出て1時頃のリムジンバスで成田空港に向かわなければならないのでって言って、丁重にお断りしたんだ。おじさんたちも母ちゃんのスーツケースを見て納得してくれた。

朝、駅まで迎えに来てくれた所員の方が高崎駅まで送ってくれたんだけど、駅に着いたらその所員の方が「5分だけ待ってて」と言う。言われた通りに待っていたら、その人がとてつもなく大きな紙袋を2つ抱えて戻ってきた。

これね、高崎名物の釜めし。
釜めしって言うと、東京の人は横川の峠の釜めしって思うけど、本当は高崎の釜めしの方が美味しいんですよ。
お帰りの道中で召し上がってください。

だって。

母ちゃんは心からお礼を言って、その釜めしを受け取ったんだけど、これが腕がもげそうに重い。紙袋の中を覗くと、陶器の器に入った釜めしが20個もINしてる。
母ちゃんのスーツケースには、上海で待っている先代犬のためのドッグフード20kgが入っていて、釜めしの重量と合算すると、母ちゃんの当時の体重と変わらないか、若干重かったんじゃないかと思う。
高めのヒールを履いてロングコート姿の母ちゃんは、これからその荷物を持って高崎駅の階段を上り下りして、前橋駅に着いたらまた上り下り。そこからリムジンバスのチケットカウンターを探して回るのかと思ったら気が遠くなった。

ところが、やはり高崎の男性はフェミニスト。
右往左往している母ちゃんに駅員さんが声をかけてくれて、切符をその場で発行してくれて、荷物を持って乗り場まで案内してくれたんだ。しかも、前橋駅にも連絡を入れてくれて、前橋駅のホームでは別の駅員さんが待っていてくれたんだ。荷物を運んでくれて、リムジンバスのチケットカウンターまで案内してくれた。

こうして、母ちゃんは無事にバスに乗り込んで、滞りなく成田空港に着いた。
今回の件で母ちゃんは以下のことを学んだ。

1.　高崎の男性はとても親切で優しい。
2.　前橋から上海まで7時間の道中で釜めし20個は食べられない。
3.　高崎名物と言われた釜めしは、横川駅で売っている峠の釜めしと全く同じものである。