2016年3月10日木曜日

出たよ!


母ちゃんが激烈に怒っている。

おいら、昨日の昼から何も食べてないから
目に入るもの、何でも齧る。
椅子の脚も、台所のお手拭きタオルも
なんでもかんでも食べようとするから。

お散歩の時なんか、石でも落ち葉でも食べようとする。
他の犬の落し物なんか見つけちゃったら、もう大変!
とてつもないご馳走に見えちゃうんだ。

「ちゃんと育てれば、こんなにいい子なのにね。
下痢が止まったら、少しずつご飯食べようね。」

ああ、母ちゃんはおいらに怒ってたんじゃないんだ。



生きたいと思う命にとって、一番残酷なものが飢餓なんだ。
それは、人間も犬も同じ。
夢とか愛とか希望とか
飢餓の前では何の役にも立たない綺麗事になっちまう。
生還しても、人生観そのものを大きく変えちまうこともある。
小説『ひかりごけ』みたいにね。
体はあっても、心の中の大切なものがなくなる。
飢餓っつーのは、人生に対する中性子爆弾みたいなもんなんだ。

おいらは生後4ヶ月でそれを経験しちゃったわけよ。
だから、『食べる』ということに対して、今もいろいろと障害があるんだ。

噛まない。
お腹一杯でも、どんどん食べちゃう。
食べられるものと食べられないものの区別がつかない。
食べ物の前では野生にかえっちまう。




ん? 母ちゃん、おいら、もよおした。
お庭に行きたい。

母ちゃんが庭に続くドアを開けて外に出してくれた。

見て!見て!母ちゃん、いい感じのが出たよ!

「よかったね!ビオフェルミンはすごいね。
さあ、ご飯食べよう!でも、少しずつだよ。」

おいらはちゃんと知ってるんだ。
父ちゃんと母ちゃんの子であれば、ご飯は十分にもらえるって。
でも、まだ悪い癖が抜けないんだな。

だから、母ちゃん、おかわり!




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