12月6日にお客さんが来た。
おいらの家庭教師っつーことらしい。
いかにもおいら、お坊ちゃまって感じ?
家庭教師・・・ふふん、悪くないね。
この家庭教師のTonyってのが最初に言ったことは
「絶対にしてはいけないこと、それはぶつことです。」
おー、こいつ、まだ若いのになかなか分かってるじゃないか。
ところがだ・・・。
こいつが来てからというもの、おいらの生活が一変しちゃったわけよ。
クレートの出入りにはいちいち決まりができて
ご飯も母ちゃんの許可がないと食べられないし
散歩もおいらのペースで歩けないし
拾い食いも許されないし
人や物を噛んだら叱られる。
飛びついたら跳ね返される。
父ちゃんと母ちゃんを呼ぶと無視される。
あれもダメ、これもダメ。
なんだか、すげー窮屈になっちまったんだ。
すっごいストレス。
もう、爆発寸前。
ある日、母ちゃんの手を感情込めて噛んでしまったんだ。
痛いはずなのに
痛くなるように噛んだのに
母ちゃんは全く動じず、おいらのマズルを両手で押さえて
この手はアンタにご飯をあげる手ぞ!
いやいや、母ちゃん
文語体で叱られても、おいらまだ学校で習ってないし・・・。
この手がなくなったら
アンタはご飯が食べられないんだから!
それなら分かる、いや、困るよ、それ。
思わずおいらは母ちゃんの手を舐めたんだ。
そしたら、母ちゃんが言うんだ。
アンタもいっぱい間違える。
きっと母ちゃんもいっぱい間違える。
そうやって、親子になっていこうね。
人間はおいらたち犬のことを案外分かっていない。
分かっていないということすら分かっていない。
けど、実は犬の研究というのは驚くほどに進んでいるらしいんだぜ。
なのに、一般に浸透していないんだよな。
ただね、犬にも人間と同じように個性や個体差があるから
結局は『個』としての人間vs『個』としての犬が
試行錯誤を繰り返しながら、互いの心地よさを探していくしかないんだ。
そしてそれは、結構時間と労力がかかることなんだ。
けど、人間がおいらたちについて正しい知識を身に付けてくれれば
その時間と労力は、相当短縮できるんじゃないかと思うんだ。
1度でも犬と心が通い合うという至福の経験をしてしまったら
それはもう中毒になるよ。
おいらの父ちゃんと母ちゃんがそうなんだけど。
人間はいいよな。
そういう経験を人生の中で何度も経験できるんだから。
残念ながら、おいらたち犬は一生に1度しか経験できないんだ。
中毒になるほどの時間も選択肢も、おいらたち犬にはないんだよな。
中には1度も経験できないまま生涯を閉じる犬もいて
しかも、その数は少なくないんだ。
おいらの家庭教師のTonyは、おいらを訓練しただけでなく
父ちゃんと母ちゃんにもたくさんお説教していたんだ。
父ちゃんも母ちゃんも犬好きを自称していて
犬通だと自分たちでは思っていたみたいだけれど
Tonyから聞く話はフレッシュすぎて、ショックだったようだ。
この家にはおいらが知らない犬の写真が飾られていて
父ちゃんと母ちゃんは、この写真に向かってよく話しかけるんだ。
ある日、父ちゃんが寝た後
母ちゃんがこの写真に向かって謝っているのを、おいらは見ちまったんだ。
「ごめんね。母ちゃん、アンタのこと
ちっとも分かっていなかったね。」
母ちゃんも頭悪くて大変なんだな。
まあ、頑張れや。
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