2016年2月25日木曜日

ごめんね、くまこ


おいらが住んでいるバンクーバーには
いろんな野生動物が、普通に生息しているんだ。

リス、あらいぐま、スカンクは毎日うちの庭を通るし
春になると、マムシも出るし、コヨーテも出る。
母ちゃんが朝バス停に向かったら、カモシカが先にバスを待っていたこともある。
更に2年前には、うちの庭にクーガーが来たんだって。

クーガーは犬なんか平気で襲って食べちゃうし
子供や女性だったら、1対1では人間に勝ち目はない。

だって、これだもん。




毎年、バンクーバー周辺では人がクーガーに襲われるという事件が起こるんだ。

世界で最も住みやすい都市の常連、バンクーバーだけど
結構いろいろあるんだぜ。

ってな訳で、母ちゃんは夜はおいらを外に出さない。

でも、それはおいらの安全のためだけじゃないんだ。


去年、父ちゃんと母ちゃんは最愛の犬を亡くしたんだ。
長い闘病生活の末の、あっけない心臓発作。
父ちゃんと母ちゃんは何か月も泣き暮らしたんだって。
おいらは母ちゃんの笑った顔と怒った顔しか知らないから
1回くらい母ちゃんの泣いた顔を見てみたいと思うんだけどね。

そんなある日、母ちゃんが泣きながら庭仕事をしていたら
誰かが母ちゃんの足を後ろからふわっと触ったんだって。
母ちゃんが振り返ると、1匹のあらいぐまがいたんだ。

by MSVG

あらいぐまっていうのは、普通はすごい臆病で
自分から人間に寄ってきたりしないんだけど
なぜか、このあらいぐまは母ちゃんにすり寄ってきたんだ。
母ちゃんはそのあらいぐまに”あらい くまこ”って名前を付けて話しかけたんだ。
それから毎日くまこは母ちゃんのところにやってきて
ぽよんと触ったり、母ちゃんの顔を見ながらお昼寝したりしていたんだ。

それから半年後の夏の終わりに、くまこは自分の子供を連れてきた。
初めは4匹いたんだけど、日を追うごとに子供の数は減っていって
1ヶ月後には、とうとう子供は1匹になっちゃったんだ。
母ちゃんはその子に”ちびこ”って名前を付けて成長を見守っていたんだ。

大雨が降らない限り、くまことちびこは毎日母ちゃんの元にやってきて
餌がもらえるわけでもないのに、うちの庭で遊んでいく。
母ちゃんの深い悲しみは、こんな思わぬ形で少しずつ癒されていったんだ。
母ちゃんも、くまことちびこが来るのを、毎日とても楽しみにしていたんだ。

あらいぐまって、皆同じ顔してるように見えるだろ?
正直なところ、母ちゃんもちびこと他のあらいぐまの区別は、見た目ではつかない。
でも、くまこははっきりとわかるんだ。
右耳が半分ちぎれてるから。

そんなくまことちびこが、昨年の11月からぱったりと来なくなっちまったんだ。
理由はおいらに違いない。

おいらが何かの気配を察知して、庭に向かって吠えると
母ちゃんは庭にすっ飛んでいくんだけど
おいらに怯えて、くまことちびこはすぐにどこかに行っちゃうんだ。
おいら、見た目ほど怖くないし
結構紳士なんだけどね。

母ちゃんは誰もいない庭に向かって
「ごめんね。」って言うんだ。
そんな母ちゃんを見て、おいらも母ちゃんに「ごめんね。」って言うんだけど

音にすると


あおおおおぉぉぉぉぉーーーーーん!



だから、余計にくまことちびこは来ない。


ごめんね、くまことちびこ。

おいらが寝てから、母ちゃんに会いに来てやって。
母ちゃん、すごく心配してるんだぜ。
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