父ちゃんと母ちゃんが帰って来たのに
なんだか落ち着かないおいら。
父ちゃんがちょっと動くと
ぴとぴとぴとぴとついて回る。
寝るのも父ちゃんの息づかいが聞こえる範囲内。
母ちゃんがトイレに行く時には必ずおいらがガードする。
おいらの母ちゃん、小さいからよ
水流した時に一緒に流れて行っちゃったら困るだろ。
一期一会の愛しい命のために
おいらの家は公定価格で昨年比35%も上がったんだ。
母ちゃんの友達の農地なんか昨年比100%アップだぜ。
自分の財産の価値が上がるのは一見嬉しいことだけど
上がった分だけ固定資産税だって上がるから
投資で家を購入したわけじゃない人にとっては結構迷惑な話だったりするんだ。
だから父ちゃんと母ちゃんは引越しを考えて島に家を見に行ったんだ。
島のバンクーバーは大陸のバンクーバーに比べたら
不動産価格は1/3くらい。
当然固定資産税も1/3くらいになる。
島は自然に溢れてて、森林もいっぱいあって
おいらが遊んだり、泳いだり、散歩できる場所がふんだんにあるんだ。
空気は大陸のバンクーバーよりきれいだ。
住んでいる人たちもとても温和で素朴でフレンドリーで
高層マンションが少ないから、犬を飼っている比率が極端に高い。
おいらも友達に困らない。
いい獣医も見つけたらしい。
人口の割には商業もとても発達していて、治安も医療条件も悪くない。
天候も大陸より温暖。
悪いところなんてどこもない。
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父ちゃんも母ちゃんもノリノリで家を見て回ったんだけど・・・おいらの父ちゃんと母ちゃんは8年前にカナダに来た。
親戚も友人も誰1人いない
自分たち自身も初めて来る9000km離れた国にいきなりやって来て住み始めた。
無謀だろ？
でも、その時は何も怖いと思わなかったんだって。
毎日毎日出遭う初めての困難が楽しくて
新しい人間関係ができていくのが楽しくて
8年の月日があらっという間に過ぎて行ったらしい。
それが今、たった100km離れた安全快適な島に引っ越すことを
本能的に怖いと思ってる。
おいらも同じかもしれない。
子供の頃、SPCAから父ちゃんと母ちゃんのところに来たばかりの頃
おいらにとって父ちゃんと母ちゃんは
どこにでもいるおじさんとおばさん。
別に他のおうちで、別の父ちゃんと母ちゃんだって良かったんだ。
世の中にはもっといい父ちゃんと母ちゃんだっていっぱいいるだろ？
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でも今のおいらにとっての父ちゃんと母ちゃんはこの人たちなんだってはっきりわかるし
他の人ではダメなんだ。
もっとお金持ちの父ちゃんもいらないし
もっと若くて優しい母ちゃんもいらない。
たった一晩、父ちゃんと母ちゃんが家を空けただけで
おいらは昔のトラウマがまざまざと甦っちまって
家の中で、父ちゃんと母ちゃんから片時も離れることができない。
愛と執着と失うことに対する恐れがハンパないんだよな。
父ちゃんと母ちゃんもそういうことなんだと思うんだ。
8年の歳月の中で育んできたこの環境と家に対する愛と執着と恐れは
もっといい条件やお金では替えられないものなんだろうな。
ま、そこに気付いただけでも
おいらが淋しい思いをした甲斐があったってもんかもしれないな。
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