ちゃんとした人になりたい

15年くらい前のこと。
そう、まだ父ちゃんと母ちゃんがお仕事してた頃のお話ね。

まだおいらが生まれる前の話

父ちゃんと母ちゃんはコンピューター関係のお仕事をしていたんだけど、その業界は冬がとにかく忙しいの。
2ヶ月くらいファイリングと入力をやってくれるアルバイトさんを募集したら、何十人かの応募があって、その中から5人を採用するつもりだったんだ。

当時は就職氷河期のちょっと手前だったから、「そのまま本採用になれたらラッキー！」って思って、皆さん面接の段階から割とちゃんとした格好をしてくるんだけど、その中に1人だけド金髪でゆるーいジャージ姿の女子高生がいたんだ。
履歴書に貼ってある写真もド金髪。
採用の入り口部分を担当する社員さんが彼女を見て「え？」って顔してたから、書類選考で落としたはずが、何かの手違いで面接まで来ちゃったんだろうな。

母ちゃんがその子を面接したんだけど、履歴書は誤字脱字の漫画文字だし、見かけ通りしゃべり方もぐだぐだ。
きっと、敬語なんか使ったことないんだろうなっていう子だったんだ。
母ちゃんもテキトーにお茶を濁して、失礼のないように帰ってもらうつもりだったんだけど、面接をしていたら気が変わっちゃったんだ。

ま、よくあることよ

どうして弊社を志望しましたか？

ちゃんとしたことをできる人になりたかったから。

ド金髪の17歳の女の子が「ちゃんとしたことができるようになりたい」って言うのは、母ちゃんにはSOSに聞こえたんだ。

じゃあ、普通に仕事する人みたいに髪を黒くして来てくれますか？
誰にでもきちんと挨拶できますか？
その2つができるなら、とりあえず2週間やってみましょうか？

その子は元気よく「はい！」って答えて帰って行ったんだけど、翌日本当にくるかなぁってみんなが思ってた。

翌日、きれいなチャコールに髪を染めてきた彼女は、格好も普通の女子高生になっていて、嬉しそうに一生懸命働いてた。
帰り際に母ちゃんが「その髪、すごくよく似合ってる。可愛いわ！」って褒めたら、ちょっとはにかんで「ありがとうございます。」って彼女は頭を下げて帰って行ったんだ。

事件はその2時間後に起こった。
会社に電話がかかってきたんだ。

○○の母親ですけどね、あんた何の権利があってうちの娘の髪を黒くさせたんだい？
たかだか時給880円でそこまでしなきゃいけないのかよ？
何様なんだよ！傷害罪で訴えるよ！

後ろで「やめてよ！あたしが好きでやったんだからいいでしょ！」って彼女の声が漏れてくる。

母ちゃんは悲しかった。
彼女は、自分のこういう境遇を変えようと思って母ちゃんのところに来たんだよな。

翌日、彼女は仕事に来なかった。
給料も取りに来なかった。

彼女の名前も忘れちゃったけど、今は30歳を超えて、もしかしたらお母さんになってるかもしれないね。
ちゃんとしたお母さんになってるだろうって、おいらの母ちゃんは信じてるよ。

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